福岡高等裁判所 昭和26年(ナ)27号 判決
原告 永富幸延
被告 大分県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告代理人は「昭和二十六年四月二十三日に執行された大分県直入郡下竹田村議会議員選挙について、訴外工藤正外二名が提起した当選の効力に関する訴願につき、被告委員会が同年九月二十八日附を以つてした裁決は、これを取消す。」との判決を求め、その請求の原因として、
(一) 原告は昭和二十六年四月二十三日執行された大分県直入郡下竹田村議会議員選挙における選挙人であるが、右村選挙会において、候補者工藤寛喜、同森田竹馬の得票数を各同数の六十票と認め、抽籖により森田竹馬を当選人と決定し、村選挙管理委員会はその旨告示した。
(二) ところが訴外工藤正外二名は、同年四月二十七日右村委員会に当選の効力に関する異議の申立をなし、村委員会において同年五月十二日右異議却下の決定をしたので、更に同月二十六日被告委員会に訴願を提起し、これに対し被告委員会は同年九月二十八日附を以つて村委員会の決定を取消し森田竹馬の当選を無効とする旨の裁決をした。
(三) その裁決理由は次のとおりである。
(1) 当該選挙における無効投票中「工前広(ヒロシ)」と記載された一票(甲第一号証)は候補者工藤寛喜の得票として有効と解するのが相当である。
(2) 当選人森田竹馬の有効投票中「オノタケマ」と記載された一票(甲第二号証)は、森田竹馬に投票したものとは解し難く、候補者でない者の氏名を記載したものとして無効とすべきである。
(その他の点の裁決理由は、本件に直接関係が無いから省略する。)
(四) しかしながら、本件裁決の基礎となつた右判定は違法である。すなわち、
(1) 候補者中に工藤姓の者が工藤寛喜(クドウ、ヒロキと読む)の外に工藤茂信、工藤秀徳の二名があり、又候補者中に「広」の字のつく者に後藤文広という者があり、なお工藤寛喜は通称「ヒロ」さんと呼ばれていて、「ヒロシ」さんとは呼ばれていない等の点から、「工前広(ヒロシ)」が「工藤寛喜」の書き誤りとは認められないので、右「工前広(ヒロシ)」なる投票は候補者の何人を記載したかを確認し難いものという外はない。
(2) 「オノタケマ」と記載の投票については、右村に「オノタケマ」と称する実在人はなく、又候補者中竹馬と称する者も他にないし、且つ森田竹馬は通常居村で「モリタ」と呼ばれる場合よりも、「タケマ」さんと呼ばれる場合の方が多い上、森田竹馬の近所に小野姓の者が多数あるため、只「タケマ」とだけ知つて森田の姓を知らない者が、偶々森田の附近の小野の姓を同人の姓だと感違いして「森田竹馬」を「オノタケマ」と誤記したものであるから、右一票は森田竹馬の有効投票であるといわなければならない。
さすれば、森田竹馬を当選人と決定した選挙会の決定は適法であつて、被告委員会の裁決は違法であるから、右裁決の取消を求めるため、本訴に及んだと陳述した(証拠省略)。
被告代表者は主文と同旨の判決を求め、その答弁として、
本件村に「オノタケマ」と称する実在人の存しない事実は、本件選挙より出訴に至る一連の経過的事項についての原告の主張事実とともに、これを認める。係争投票に関する原告の見解について、次のとおり反駁する。
「工前広」と記載の投票(甲第一号証)の「工」は「工藤」の「工」に該当し、下竹田村には工前という姓はないから「工前」は「工藤」の書き誤りであり、又候補者中に後藤文広という者があるけれども、「工前」を「後藤」の書き誤りとは認められないし、候補者中の工藤茂信、工藤秀徳の名の中には「ヒロ」の呼称はなく、「ヒロシ」は「寛喜」(ヒロキ)と音感も似通つているので、「広」は「寛喜」の誤記と認めるのが相当である。しからば右投票は、工藤寛喜を表示したものとしてその有効投票と判定するのが選挙人の意思に合致する。
(二) 「オノタケマ」と記載ある投票(甲第二号証)については、「オノ」と「森田」とは姓が違い、同村内に小野姓は多数あるので、これを森田竹馬に投票したものとは認められない。原告は森田竹馬の附近に小野姓の者が多数あるので、森田を小野と感違いのため誤記したものと主張するけれども、「オノ」と明瞭に記載してあるものを「森田」の誤記とは認め難いから、右投票は候補者でない者の氏名を記載したものとして無効とすべきである。
しからば、本件訴願に対し被告委員会が右と同旨の判定に基いてなした裁決は適法であつて、これと異る判定に基づく村委員会の決定は違法であるから、原告の本訴請求は失当であると陳述した(証拠省略)。
三、理 由
本件選挙より出訴に至る一連の経過的事項について原告の主張事実は、当事者間に争のないところである。以下係争の二投票について双方の見解を検討する。
(一) 成立に争のない甲第一号証の「工前広(ヒロシ)」と記載された一票については、「工前」の「前」は「工藤寛喜」の姓の一字「藤」と字形において近似し、「広(ヒロシ)」は「寛喜」(ヒロキ)と読み方において近似するから、「工前広(ヒロシ)」は「工藤寛喜」を誤記したものとみるのが相当であり、これを原告主張の他の候補者工藤茂信、工藤秀徳、後藤文広のそれ等と比較するに、その近似性において後者はいずれも前者に及ばないから、原告の主張するように、これを候補者の何人を記載したかを確認し難いものということはできない。
(二) 次に成立に争のない甲第二号証の「オノタケマ」と記載された一票につき、原告は「オノタケマ」は森田竹馬の表示の誤記と主張するけれども、「オノ」と「モリタ」とは字数、字形、音感等からみて著しく相違し、到底「オノ」が「森田」の表示の誤記とは認め難い。さすれば、姓を異にする記載は全くの別異な人を表示したものと断ぜざるを得ない。なお、原告は右投票は、通称「タケマ」だけを知つていて森田の姓を知らない投票者が、偶々森田竹馬の附近に小野姓の者が多いところから、森田の姓を小野と誤認して「オノタケマ」と記載するに至つたものであるというけれども、投票が候補者の何人を記載したものであるかは、投票の記載自体を基礎として認定すべきものであつて、一投票者の原告主張のような内心的事情などは、およそ考慮の中にいれるべきでない。
以上の認定及び判断を左右するに足る証拠はない。
だとすれば、訴願人工藤正外二名の異議申立を却下した村委員会の決定を取消し、森田竹馬の当選を無効とした被告委員会の裁決は適法であつて、原告の本訴請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 桑原国朝 二階信一 秦亘)